郵便局員の話

koikeakira2005-07-07

郵政民営化法案が可決された。私の今の仕事は午後からがメインなので、午前中は体を動かすという目的もあり、郵便配達のアルバイトを辞めずに続けている。(それに、実は肉体労働が好きなのだ)とはいっても週三日の四時間だけだが。それでもそれなりに思うところは色々とある。

スロー

局内の雰囲気はきわめてのんびりとしている。システム自体は能率的だが、人為的な部分に関しては能率化が進んでいるとはお世辞にも言えない。ユルい。信じられないほど頭の悪い上司、イレギュラーな伝達事項は口頭では伝わらない。口頭で3度言ってその後で書類を提出してやっと伝わる。私が採用された時は面接の結果が出るのに二週間かかり、さらに採用の電話が入るのに二日待った。入局ニヶ月目である私にはまだ制服が渡されていない。(私服でいる方が好きなのでいいのだが。)そして何より、個人差がある仕事の量とペースを、全体的に遅い人に合わせて進める。
この職場に慣れてしまった人は、民間では使い物にならないだろう。スローライフがここにある。他所から見れば税金の無駄遣いと言うかもしれないが、役所などとは違い、郵便局にとっては無駄だけとも限らないのだ。

盲人

私は都営住宅のある地区を担当している。盲人が多い。そうした人たちへの郵便物も、マニュアルとしてはただポストに入れておけばいい。でも目の見えない老人がエレベーター無しの5階に一人暮らしという、絶望的な状況もある。そういう場合、私は部屋のチャイムを押して本人に一通一通どこからきたどんな手紙か、説明して渡す。私が階段を上り降りする労力は彼等の100分の一以下だろう。それくらいしてやらないと良心の呵責に苛まれる。それにやたらと有り難がってもらえるので、こちらとしても有り難い。
もちろん、この場合一軒回るのに数分かかる。盲人宅を通常通りにやり過ごせば私の仕事はあと三十分早く終わるだろう。前述の通り全体の仕事がペースがゆっくりなので、こういうことができる。私の他にもこうしたことをしている配達員が何人もいるはずだ。

配達の質

ただポストに入れるだけの配達に、質も糞もあるものかと普通の人は思うでしょう。でもここに誇りを抱いている郵便局員たちは少なくありません。クロネコヤマトメール便なんかいっつもポストからはみ出しているでしょう。郵便局はドアポストまで持っていきます。住民の希望があれば、全ての郵便物をドアポストに入れてあげることもできます。
また、宛先がわからない、あるいは文字が不鮮明な郵便物について、郵便局では簡単に送り主に返しはしません。似たような宛先で該当する人がいないかどうか徹底的に調べて、過去数年にわたる転居のデータも参照し、一人が調べたあとまたもう一人が調べます。
加えて、定型外の郵便にめちゃめちゃ寛容です。私は本日、短冊や飾りのついた笹(長さ20cm)を配達しました。短冊に住所が書いてあって大笑いしました。稚拙な飾りを壊さないように慎重に玄関まで届けに行って、子供が喜んでいたので嬉しかったです。つくづくいい仕事だなあと思いました。

ある意味お巡りさん

高齢者の方は郵便が来るのを本当に楽しみにしていて、定刻になるとポストの前に立って待っていたりします!そこでなぜか相談事を持ちかけられたりします。また配達中は五分に一度は住民の誰かから挨拶を頂きます。こちらはなにせ世帯の構成と名前とよく来る郵便物の種類を把握していますから、住民の顔まで見てしまえば、いつの間にやら区域の事情通です。そんなふうに世間話をしたり、年寄りの家のポストに郵便物が溜まっていたので近所の人に大丈夫かと聞いたりしているうちに、年輩の方は特に、私をパトロール中の巡査のように扱います。なのでこっちもすっかりその気です。年輩の方のみならず若い人も、会う回数を重ねるたび信頼してくれるので、私の役割は配達するだけではないのだと実感します。

「余裕」か「無駄」か

民営化によってクロネコヤマトや佐川急便のように一分一秒でも早く、と競わせるような方針になってしまったら、以上のような公共サービスとしてのあり方は失われてしまうでしょう。これらは利潤より公共の利益を追求する公社だからできることです。社会全体に心の余裕がどんどん失われていく今、果たして合理化を進めるべきなのでしょうか。合理性から情緒は育ちません。心の余裕は時間の余裕であり、お金の余裕です。
頭の悪い上司も伝達の悪さも、やはりそれを含めての余裕であって、彼らが時間をひっぱるだけ配達員はのびのびと(笑)仕事ができるわけです。

郵便局示談

同じ区域の担当に怪人物がいます。勤続18年の女性で、驚異的な記憶力を生まれ持った方です。都内のとある町の、全ての住所における住民の名前と転居の履歴が彼女の頭には入っています。見たことがある人については、その顔も。
「このはがきどうしよう、あて名しか書いてない」と私がウロウロしていると、「誰宛なの?」「鈴木太郎さんという方です」「○○町の1ー1ー1の101号室に住んでた人ね、去年××町の2ー2ー2の202号室に引っ越したけれど、転送頼まれてないから還付してください」「山田二郎さんは?」「還付です」「佐藤三郎さんは?」「△△の3ー3ー3ー303に転送」「すごい!どうなってるんですか!?」「長くやってれば自然に覚えるわよ」「いやいやいや!」