ネタバレ無しです。(でもネタバレよりひどいかもしれません)

さて本編の内容。主人公の人格へは書き込みがほとんどなく、「一匹狼」という一言があるだけ。これは感情移入用に用意された空き箱だ。主人公はたいした研究も苦労も何もしないで、ただ皆の指揮をとっていくという非常においしい、「やってみたい」役柄。
作中、ストーリーには関係の無い空想科学技術な妄想が嬉々として繰り広げられているのには、作者萌えを禁じ得ない。楽しくて嬉しくて仕方がないのが伝わってきて微笑ましいくらい。さらにエピローグは、玩具を取り上げられた子供による大人への呪詛である。
構成要素を見るとこれはまるっきり児童文学だ。それも、子供による。処女作なので著者自身が作家として未熟ということもある。でも読んでいる間は殆ど気にならず、一緒になって熱狂してしまう。自分が子供だったことをまんまと思い知らされる。作品の根底にある気持ちは子供でも、このトリックの巧妙さは稀代の一品なのだ。
結末、月の形成に関する謎解きは、それがまだ不明である今の現実世界とリンクする。私自身「これ以外に説明のしようがないじゃない!」と思った。現実に、月の裏側が表とは全然違うこととか、クレーターの形成が説明できないことなど、少しの知識を持っていることによってますます深く証明されてしまう。現実が虚構によって解き明かされてしまうのだ。これは初めての読書経験だった。こんなに気持ちいい読後というのはそうそう味わえるものではない。体験として、一冊の本を読むという労力の何倍もの酬いを得ることができた。