アヒルの友達

そのホテルの部屋で一人で絵を書いて遊んでいる時(当時私は6、7才だった)、部屋の掃除に丸々とアヒルのように太った黒人のメイドが入ってきた。私は少しびっくりしたけれど彼女が掃除をしに来ただけだとわかったので、一緒に掃除を手伝った。その時の彼女の表情が忘れられない。
彼女ははじめ「どうぞ絵を書いていて」とジェスチャーし、少し困ったような、驚いたような様子だった。しかし私が彼女を真似てシーツを剥いで手渡すと、彼女は白い歯をむき出しにしてgrin!と笑ってくれた。私が仕事にちょっかいを出すたびに彼女は何語かわからない言葉で何かを言ってgrin!とした。私達は一瞬で友達になっていた。(子供って素晴らしい。)私ははりきって手伝った。最後に彼女が部屋を出る段階になって、私は父の言葉を思い出し、ただそういう決まりだからと、チップを彼女に渡そうとした。その時の彼女の表情。苦しい笑顔で彼女は紙幣を受け取った。彼女にそれを断る権利など無い。なんとなく気になっていたそんなことを今になって思い出し、やっとその表情の意味がわかった。
(ちなみに「アヒルのように太った黒人女性」といえば奴隷制の象徴であり、白人がこれを「古き良き時代」のシンボルだと言うシーンを20世紀前半のアメリカ文学に時折見かけます)