いきなり私小説です

koikeakira2005-09-09

中学生の頃、私はある男の子がずっと好きだった。無邪気でいたずら好きな子供らしい性格に、優れたカンをもてあまし、それがいつも彼自身を苦しめているような子だった。議論になれば敵はおらず、よく返答に詰まった教師たちが生徒達の前で面子を保つために彼を勢いよく殴っていた。そのたび私は自分が殴られたような痛みと憤怒におそわれる。すぐにでも飛び出して行きたかったけれど、方法は思い付かず、教師への恐怖の前に体はいつも動かなかった。殴られることを知りながら自分を止めることをしない彼は他の同級生の誰よりも強く気高く見えた。体はやや小さめで色が白く、物腰たおやか。野獣のような教師達には理解できない品が彼にはあった。
彼の大きく茶色い瞳がこちらを向くと、体がとろりと音をたてて溶けていく。優しげな声を聞くと躯の奥が震える。
友達としての仲はとてもよかったので、彼はよく友達をつれて私の家に遊びに来た。二人きりになる時もよくあったけれど、私は自分の外見に強烈なコンプレックスを感じている太ったオタク少女だった。恋愛はおろか、告白する資格すら無いという周囲からの残酷な抑圧を敏感に受け止めており、全てはそこに引き止められていた。発展などあるはずも無かった。近くにいるのに何もできず、ただ彼の血を吸った蚊をつかまえて食べたりする狂おしい日々。
それから数年、あらゆる経験が波のように押し寄せ、19歳になった頃には私は一人前の疲れた女という風を吹かせていた。気分屋の彼氏と別れたばかりで、独り身は楽だとうわごとのように周りにふれまわっていた。恐ろしく孤独だった。
ある日、道端でふと中学校の同級生に会った。あの子と一緒に家に来たこともある子だった。あの子は元気かと何気なく聞いてみると、知らないのか、と携帯の番号を教えてもらった。家に帰り、多少やましい気持ちも奥底に持ちつつ、でもひたすら何か笑い合える相手が欲しくて寂しくて電話をかけた。
彼は私が突然電話をしたことについてちっとも驚いた様子はなく、まるで昨日の話しの続きをしているかのように自然だった。昔と変わらない喋り方、声。男子校ライフの余汰話しなどをして私のことをたくさん笑わせようとしてくれる、私は彼が愛おしくなってきて、堰が切れた。「ところで今彼女はいるの?」すると彼はふざけた調子で「30までは純潔でいようと思っています」などと返す。「もしかしてまだ童貞なの?」「純潔と言ってくれ」「…もしよかったら…」「ん?」「あなた次第だけど。うちに来ない?」中学卒業以来4年ぶりに会うことになった。

何もできなかったあの頃とは違い、今なら彼の顔を覗き込むことも彼の頬に触れることもできる。あの頃に比べたら、私はずいぶん綺麗になった。きっと彼も私を好きになってくれると思う。童貞ならリードしてもらうのは難しい。いやがるそぶりが無かったら、押し倒してしまおう。彼が来るまで30分ほど、身悶えしながら待った。
(つづく)