二通りの「萌え」の意味とは

一つは「萌え」の内側にいる人達による意味。内側にいる、とは現在進行形の萌え対象に思いを馳せている状態のことで、オタク文化を研究している人や萌え業界の人という意味ではない。こちらの意味は昔からずっと変わらずに使われているけれど、その内容を定義づける言葉として、「萌え萌えジャパン」の定義と本のコピーが秀逸だった。「キャラクターの情報を想像力で補う行為」「それは初恋に似ていた」
もう一つの「萌え」は、「萌え」の外側にいる人達による意味。外側にいる、とは萌えを体験したことがない人のことではなく、萌えを客観的に眺めようとする立場にある人のことで、器用な人なら内側にも外側にも立てると思う。こちらの意味は(主に虚構に対する)「性的嗜好」というごく広い意味で使われている。平たく言えば「いつものオカズ」という程度の意味だ。