すれ違う衛生観念

koikeakira2006-08-02

ベトナム料理がもっと上手くなりたいと思って、蛇の道は蛇。銀座の某フレンチベトナミーズレストランの厨房に短時間バイトととして入れてもらうようになり三ヶ月目。ここではフランス人とベトナム人と日本人が働いている。仕事自体はスムーズだが、人間関係はそうもいかない。衛生観念の違いが一番大きな原因である。

ベトナム料理を見てみると、作った直後に食べる料理しか無いと言っても過言ではない。ベトナムは日本より暑い。食中毒の心配ゆえ、料理ができたらその瞬間に食べ始めなければならないのだ。
料理にはその国の気候を含めたあらゆるものが反映される。気候が違い、食材が違い、調味料が違い、調理法が違うのなら、繁殖しやすい雑菌の種類も違う。衛生上気をつけなければならない点も違って当然といえば当然。しかし、基本的な部分はどこの国でも一緒のはずだと思うだろう。それが間違いである。

ベトナム人が、おろしたてのまな板の片面に熱いコンロを押し当てて「裏」のマークをつけていた。まな板にわざわざ裏表をつくってしまうのだ。それを見て、両面を清潔に保とうとする日本人のまな板に見る衛生観念というのはなんと美的だろうと、誇らしい気持ちにすらなった。

しかしそんな日本人は、ベトナム人からすると衛生観念に欠けるという。なぜかというと、食材の匂いをかぐ時、鼻を近づけて嗅ぐから。ある時、スープの匂いを嗅いだら、ひどく怒られて私は何がなんだかわからなかった。なぜダメなのかと聞くといわく「鼻くそや鼻毛が入るだろう、不潔な奴だ」と。その発想は私には無かった。だって殆どの日本人はちゃんと鼻をキレイにしているもん。不潔なのは鼻を掃除しないあんたたちだろう、と言いたい気持ちを抑えていると、フレンチのシェフがお客さんにそのまま出すチェーを、入れっぱなしのスプーンに口をつけて味見をしている!オッサン、ヒゲについてるから!!そんなの誰も食べたくないって!フランス人シェフはみんなそれをやるんだよなあ。自分の体は汚くないと信じてるんだから救いが無い…ため息をついていると今度はゴーヤの上でベトナム人が雑巾を絞りやがった!!「ぎえええええ!!何をする!」ベトナム人は「何をあわてている。これには火を通すから問題ない」と屈託の無い笑顔でのたまう。いったい何を絞った雑巾なのかと思って匂いを嗅ごうとしたら、「汚いからやめろ」と言われた。
フランス人はあちこち味見をする。ベトナム人はまな板を焼き、雑巾を絞る。私は食材の匂いを嗅ぐ。怒号が飛ぶ。雰囲気は険悪だ。

私は、つい、一人きりで吹き出してしまう。この厨房で、互いが互いを不潔だと罵り合っているこの馬鹿馬鹿しさ。料理人たちは今日も胸を張って祖国の文化を皿に乗せているのである。