乗らない客

カエターノがステージを走り客席に乗り出す。最前列の人間はおとなしく座っている。どうやら尻に根が生えてイスと融合してしまったらしい。また、ラストの曲「terra」でカエターノが「イッショニ ウタッテ」と言う。誰も歌わない。…おいおい、テレビ見てるんじゃないの、本人がそこにいるの。そしてわざわざ日本語でメッセージをくれているのに。私は歌った。一人だった。カエターノに申し訳無くて泣きたくなった。カエターノがもう日本に来てくれなくなったらどうするのよ。
カエターノのファンだという奴には私のような小賢しいインテリ気取りが多い。自尊心をくすぐる知名度の低さと、ヨーロッパでは評価が高いという価値の裏打ち、歌詞が難解だという噂、亡命など政治的知識を要求する経歴、日本においてはそれらがカエターノには揃ってしまった。こういった客層にさらに取り入ろうとする元町臭いクールボッサのドラムが日本ツアーに選ばれてしまったのに無理は無い。しかしカエターノはクールボッサの人では、断じてない。